どうして新しい自転車リーグを作るのか?




栗村修さんが目指す「フランスの景色」
そこで、JBCF理事/連盟戦略室長である栗村修さんに「新自転車リーグの先に何を思い描いているのか」をうかがってみました。お話を聞いていると、うまく行けば一般のサイクリストにも影響がありそうだなと感じました。
栗村さん:ぼくは高校2年で中退して選手になるためにフランス(ロードレースの本場)に渡ったのですが、それまでは自分の存在を否定される少年時代を送っていたんです。ロードバイクで走っていると車にクラクションを鳴らされ、「ツール・ド・フランスに出たいんですよ」と言えば「競輪選手になりたいの?」「トライアスロンの選手になりたいの?」と返されたりしました。 でも、フランスに行ったらロードレースをやっているんだってわかってくれる人がたくさんいましたし、ロードレースの練習をしている人もたくさんいました。毎週水曜日にはクラブで練習があって、自転車を楽しんでいました。車も自転車が走っていると待ってくれたりするんです。フランスでは自転車という文化がロードレースのおかげでとても高い地位にあります。ぼくはいろいろな活動を活動してきましたが、こうした経験が基本としてあります。 スポーツでは競技があって文化ができています。最終的に思い描いているのは競技によって文化を作っていくような取り組みです。たとえば、ロードレースに出たことがなくても自転車というレクリエーションを通して成人病が緩和されて…とか、イギリスなどで自転車を使った国づくり・地域づくりが進められていますが、(日本でも)そういったことが最終的にできていくとか、そうしたことに(新自転車リーグが)競技という部分からアプローチできるコンテンツになればなと。 新自転車ロードレースリーグが理想的に進んだ先にあるのは、ぼくが高校を辞めてフランスに行ったときに見たあの景色です。もちろん、フランスにも無理解な人はいっぱいいるのですが、やっぱり原点はそこですね。
「ロードレースという競技を通じてスポーツサイクルの価値が広まり、結果としてスポーツサイクルに乗る人が社会に受け入れられる」。少なくとも栗村さんは究極的にはそうしたことを狙っているようです。 スポーツサイクルが日本の社会に受け入れられているかというと、残念ながらまだそうとは言えない気がします。自転車レーンが設置されるなどして以前に比べればスポーツサイクルで街中を走るのは楽にはなっていますが、快適とは言えないと感じます。今でもクラクションを鳴らされ、幅寄せされることもあります。先日は自動車に追突されてブルベ中のサイクリストが亡くなるという事故もありました。自動車や歩行者から見て高速で走行する自転車が危ない、邪魔という感覚はもちろんわかりますが、どうしてそうする人がいるのか、実際いたときにどう向き合うべきなのかはあまり考えられていない──日本社会の中で、スポーツサイクルが尊重されているとは到底言えないと思うのです。 そういった現状を変えうるのは、ひとりのスターではないでしょうか。JBCFの直接的な狙いはあくまで競技力の向上です。しかし、実際に世界と戦える強い選手が生まれれば、もしそれがツール・ド・フランスでマイヨジョーヌを着用できるほどの選手ともなれば、野球やサッカー、フィギュアスケートなどのようにロードレースが日常的な話題になることもありうるのではないでしょうか。スポーツサイクルを知る人も増えるかもしれません。翻っては、一般サイクリストが公道の住人として広く認知され、今よりも走りやすくなる。私はそうした可能性があるという点で、この新自転車リーグに期待したいと思います。 もちろん、日本人がツールで活躍したり、国内レースが今よりさらに楽しくなってくれたら最高だなってのもありますよ! (やざわすみひこ)