いまさら人に聞けないツアー・ダウンアンダーの基礎知識

ツアー・ダウンアンダーの歴史
ロードレースが盛んでなかった国が一人の選手の出現で変化
ツアー・ダウンアンダーの第1回大会は1999年。2018年でやっと20回大会を迎えることとなった若いレースである。19世紀末から盛んになった自転車レースの本場はヨーロッパであり、そもそもオーストラリアに伝統的な自転車レースは存在しなかった。 しかし、1980年にオーストラリアのフィル・アンダーソンがフランスのプジョーチームからプロデビューすると状況は変わり始める。フィルがヨーロッパで活躍を始めると、それまで自転車ロードレースが盛んではなかったオーストラリアでも、にわかに自転車ロードレースのブームが起こるようになる。 ちなみにトラックレースはオーストラリアでも昔から盛んで、強豪選手も数多くいた。世界選10連覇の中野浩一と覇を競ったジョン・ニコルソンは、70年代にシマノの広告にも登場していて、日本でもちょっと名の知られた存在だった。 その後、オーストラリアが国家プロジェクトとして自転車選手を養成するようになると、ステュワート・オグレディー、ロビー・マキュアン、ブラッドリー・マクギーといった優れたロード選手が数多く輩出されるようになる。 ▲選手当時のステュワート・オグレディー。サイクルキャップだけで走っているのが時代を感じさせる。 画像出典:Stuart O'Grady Cycling Facebook 現代ではオーストラリアは自転車強豪国のひとつとして数えられるまでになった。ワイン企業がスポンサー、ツアー・ダウンアンダーを1999年に創設

「陽気なオージーが楽しむためのレース」が国際レースに発展
第1回大会の優勝者は、前出のステュワート・オグレディー。その後、国別の優勝回数は、オーストラリアが11勝と圧倒的な成績を収めている。▲ツアーダウンアンダー出場のためオーストラリアを訪れている別府史之選手のツイート、オグレディー選手は今はカフェを経営しているらしい ジロ・デ・イタリアではイタリア人選手が強いように、あるいはロンド・ファン・フラーンデレンではベルギー人選手が圧倒的な成績を収めているように、自転車レースでは地元の選手が国の威信をかけて勝ちにくるということの現れである。まさに、ツアー・ダウンアンダーは、南半球最大の自転車レースであるとともに、オーストラリア人によるオーストラリアのためのレースということができるだろう。 とはいえ、舞台はオーストラリア。そんなドロドロとした雰囲気はなく、ロードレース・ファンにとっては「陽気なオージーが楽しむためのレース」という理解で間違いないだろう。沿道にはさまざまなコスチュームを着たファンが数多く見られ、みんな思い思いにレースを楽しんでいる様子は、ツール・ド・フランスなどと何ら変わりはない。 ▲観客もレースを思い切り楽しむのはヨーロッパのレースと同じ。 画像出典:Santos Tour Down Under Facebook今日はトレーニングの途中で、アデレード出身の偉大な元自転車選手(元チームメイト)のステュアート・オグレディさんのカフェ“The velo precinct”に行ってきた。雰囲気がまるでRoubaixの競技場に似ていてワクワクする作りになっていてとても良かった?☕️ pic.twitter.com/U3J4ticlU3
— Fumiyuki Beppu (@Fumybeppu) 2018年1月10日
